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法人概要

法人概要

沿革

NPO法人かわそえスポーツクラブ発足までの経過

かわそえスポーツクラブは、

1970年 町内の少年を対象として発足した小学生のサッカークラブを起因としています。
故川添実明の考えと田中栄一の指導が一致し、周囲の協力を得て、動き出したサッカークラブは、古賀清一郎による剣道、故山下一郎による柔道、故服部惣六による相撲、など先人の参加により川副町の少年スポーツクラブとして揺るぎない地位を築きあげることができました。
1976年 佐賀国体の年に鶴田晋、坂井岩夫による野球が参加することで組織の強化が図られ、
1981年 スポーツ指導者連絡協議会が発足したことで、教育委員会、体育協会の支援の下、川副町の子どもたちは多くのスポーツ活動に親しむ機会を得ることができました。
1996年 スポーツ指導者連絡協議会有志4名によるドイツ研修が川副町の総合型スポーツクラブ設立へ大きく前進し、
2004年 totoによる助成が大人のスポーツクラブづくりになりました。
2005年 日体協の総合型スポーツクラブ助成により先進地の活動視察ができ、山口県の岩国、鹿児島県の姶良、熊本県の天草、沖縄県の那覇市などの指導、助言により一歩一歩と試行錯誤の中で着実に基盤を形成していくことができました。
2006年 佐賀市との合併が決定し、スポーツ指導者連絡協議会、総合型スポーツクラブを支えて頂いた川副町が無くなることは大きな問題であり、それが引き金となって自主的に活動を行う、NPO法人かわそえスポーツクラブを創る動きが出てきました。
2007年 法人化申請の事務局を発足し、故加茂恵二の協力により、同年4月法人化の認可が得られました。

この間、県のスポーツ主事の指導、助言、対応は大きく、森紀夫によるスポーツ指導者連絡協議会、日吉洋一による総合型スポーツクラブ、石田和彦によるNPO法人かわそえスポーツクラブは川副町の住民スポーツを大きく移行できた要因となりました。

この町で幸いだったのは「スポーツによる町づくり」が町民に浸透していたことでありました。川副町は先人の干拓によって、できた町であり、常に新しいものへの挑戦を意識してきた町であります。指導者を含め関係スタッフが県下初のスポーツクラブによるNPO法人を成し遂げたのはこの土壌があったればこそと考えられます。